
七宝焼は何県が有名?愛知・京都・東京の三大産地と尾張七宝が本流とされる理由
七宝焼が何県で有名なのか?意外と即答できる人は多くない。全国に産地があるように思えて、主たる産地はほぼ一つの県に集中している。
今回は、そんな七宝焼が有名な県とその理由を、歴史・地名・国の指定制度等の角度から整理する。
七宝焼が最も有名なのは何県?愛知県が本流とされる理由
七宝焼が有名な県を一つ挙げるとするのであれば、愛知県がその答えとなる。名古屋市・あま市を中心につくられる「尾張七宝(おわりしっぽう)」が、日本の七宝焼の本流とされている。
理由は三つある。第一に、現在に続く日本の七宝焼の製法がこの地で確立されたこと。第二に、産地が集積して分業体制がこれらの地でできあがったこと。第三に、国の伝統的工芸品に指定された七宝焼が尾張七宝だけであることだ。
愛知県あま市には、「七宝町(しっぽうちょう)」という地名が残っている。工芸の名前が地名になっている例は全国的にも珍しく、この土地と七宝焼の結びつきの強さを示している。
なお京都や東京にも歴史ある七宝焼の系譜はあるが、産地としての規模とまとまりでは愛知県が突出していると言える。
七宝焼が愛知県で有名になった歴史的理由
愛知県が七宝焼で有名になった出発点は、江戸時代後期の天保年間(1830〜1844年)にまでさかのぼる。
尾張藩士の次男だった梶常吉(かじ つねきち/1803〜1883年)が、オランダ船で運ばれてきた七宝の皿を手に入れ、独学でその製法を解き明かした。この解明が「近代七宝」の起点となり、以後の日本の七宝焼はすべてここから枝分かれしている。
常吉が確立した技術は尾張藩領内へ広がり、幕末には尾張の特産品として認識されるまでになった。1867年(慶応3年)のパリ万国博覧会への出品を機に、七宝焼の名は海外にも知られることとなった。
その後、1940年(昭和15年)の「七・七禁令」(奢侈品等製造販売制限規則)で贅沢品の製造が止められ、七宝焼の産地も存亡の危機に立たされた。戦時中に愛知県が特殊法人をつくって細々と製造を続けさせたことで、なんとか技術の系譜は途切れずに現代へとつなげることができたのだ。
七宝焼の産地は何県?愛知県あま市七宝町はどんな町か
あま市七宝町は、名古屋市の西隣に位置する平坦な農村地帯である。梶常吉が生まれた名古屋市中川区とも隣接しており、常吉の技術が最初に広がった土地がそのまま産地として定着した。
七宝町が産地になった経緯
常吉の技術に注目した海東郡遠島村(現・七宝町遠島)の林庄五郎が、熱心に頼み込んで弟子入りした。このとき庄五郎は「製法は一子相伝とする」という約束を常吉と交わしたと伝えられている。
結果として遠島を核に技術が根づき、素地づくり・植線・釉薬差し・焼成・研磨といった工程を分担する職人が集まった。一人の作家ではなく、町全体が一つの工房のように機能したことが、産地としての厚みを生んだのである。
現在も七宝町にはいくつかの窯元が残り、田村七宝工芸や、あま市七宝焼アートヴィレッジ等が産地の情報発信拠点ともなっている。
愛知県以外で七宝焼が有名な県:京都と東京「二人のナミカワ」
もちろん、七宝焼が有名な県は愛知県だけではない。作家の名前で語られるとき、有名な作家がいたエリアとして語られるのが京都と東京である。
京都の七宝焼(京七宝)
京都では、小堀遠州に登用された嘉長が桂離宮・修学院離宮・大徳寺などの襖の引手や釘隠しを泥七宝で手がけ、京七宝が発展した。明治期には並河靖之(1845〜1927年)が有線七宝で日本画のような繊細な表現で、世界的な評価を得た。
東京の七宝焼
東京では、濤川惣助(1847〜1910年)が無線七宝を考案し、ぼかしや濃淡を自在に扱う絵画的な作風を確立した。
並河と濤川は「二人のナミカワ」と並び称され、ともに帝室技芸員に任じられている。
ほかにも、加賀七宝、近江七宝など地方独自の系譜もあったが、現在も伝統工芸産業として継続している規模で見れば、愛知県が事実上最も盛んなエリアと言えるだろう。
七宝焼で国の伝統的工芸品に指定されているのは何県か?
「有名かどうか」を客観的な基準で判定したいなら、経済産業省の伝統的工芸品指定を見るのが公的な判定となる。
尾張七宝は1995年(平成7年)4月5日、第29次指定で伝統的工芸品に指定。指定産地は愛知県のあま市および名古屋市となっている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 品目名 | 尾張七宝 |
| 指定年月日 | 1995年(平成7年)4月5日/第29次指定 |
| 産地 | 愛知県あま市、名古屋市 |
| 主な製品 | 花瓶、額、飾り皿、宝石箱など |
| 代表技法 | 有線七宝(銀のリボン線を用いる植線) |
全国に数ある伝統的工芸品のうち、七宝焼として指定を受けているのは尾張七宝だけ。「七宝焼は何県が有名か」という問いに国の制度を根拠に回答するならば、愛知県ということになる。
七宝焼を見学・体験できる愛知県のスポット
産地を実感したいなら、実際に足を運ぶのが一番早い方法かもしれない。七宝焼は写真では釉薬の透明感と銀線の細さが伝わりにくく、現物を見ると印象が大きく変わる。
- あま市七宝焼アートヴィレッジ/産地の中心・七宝町遠島にある最も大きな七宝焼に関連する拠点施設。展示と制作体験の両方に対応(所在地:あま市七宝町大字遠島字十三割2000)
- 田村七宝工芸/七宝焼の制作所及び作品を見る&制作体験ができる(お問い合せ)
- その他産地の窯元/七宝町および名古屋市内に工房が点在し、見学に応じるところもある
- 名古屋城本丸御殿/1634年(寛永11年)の上洛殿の襖引手など、江戸初期の七宝が復元されている
体験では、下絵を描いて釉薬を差し、小さな電気炉で焼成するまでを短時間で試せる施設がいくつか存在する。
