語源は仏典由来

七宝焼の名前の由来

—— 7種の宝物に由来する「七宝焼」

仏典由来の七つの宝物「七宝」

❖ 七宝焼の名前の由来とは

仏典に説かれる七珍

七宝焼とは、古くは古墳時代末ごろにはその技法が伝えられた美しい宝物や装飾品で、銅や銀などを基盤として、ガラス質の釉(うわぐすり)で模様を作り高温で焼く美術工芸品。

七宝焼という名称は「七宝の如く美しい焼き物」の意からなったものである。さらに元の語源となった「七宝」とは、本来は仏典に説かれる七つの珍宝を指す。これら七種の宝は、七珍、珍宝とも言われ、漢・魏・唐・宋と、各時代の資料ごとに若干の相違があるが、鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳による『仏説阿弥陀経』では、極楽浄土の荘厳を以下の七つと記した。

金・銀・瑠璃(るり)・玻瓈(はり)・硨磲(しゃこ)・赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(めのう)

この「金・銀・瑠璃・玻瓈・硨磲・赤珠・碼碯」の7種を合わせて七宝と呼ぶ。瑠璃は青色の玉(ぎょく)、玻瓈は水晶、硨磲は白い珊瑚または美しい貝殻を、赤珠は赤い真珠、碼碯は今の碼碯ではなく、エメラルドを指す。まことに珍重すべきものとして、はたまた富貴の象徴として、『平家物語』などにも登場し、七宝・七珍の語は日本文化の表現の中に深く広く根をおろしてきたのである。

❖ 仏教由来の「七宝」

経典から紐解く七宝

「七宝」は単に「貴重な宝石」を意味した語かもしれず、その内容は何であってもよかったのかも知れないが、一方では多くの経典がほぼ同内容の七つの宝石名をあげている。

七宝の内容を記した資料には、梵巴漢の仏典、中世インド宝石専門書すなわち種々のラトナシャーストラ、古代インドの宝石に言及する外国人の書物、エリュトラ海案内記、プリニウスの博物誌、中国の史書や本草類などが例にあげられる。

諸資料を参考にすると、七宝のうち初めの四宝は、

金・銀・瑠璃(るり)・玻瓈(はり)

と、その種類も順序もほぼ一致している。これはそれらが「四宝」という数え方によってまとめられていることによるものと推測できる。金銀は明らかであるが、中でも瑠璃(るり)は金緑石やラピスラズリを指し、玻瓈(はり)は現在の水晶を指す。

七宝のうち最後の三つに関しては特に経典による違いが多い。

硨磲/車渠(しゃこ)とは、李時珍(十六世紀)によれば「海産の大貝で背上に聾の文様があって車輪の渠に似ており、大きいものは長さ二三尺、巾約一尺、厚さ二三寸で、殻内は白哲で玉のようである。」(諸橋大漢和「車
渠」より)百科事典の「しゃこ」の記述もほぼこれに等しい。ほら貝として表記されている資料もあるが、これも宝石や装飾品として用いられる。

ピンク系の真珠を意味する赤珠(しゃくしゅ)を指し示すものもあれば、他の経典の訳語には珊瑚を示すものもある。珊瑚を珠状に加工し、これを赤い真珠とみたてた可能性があるのだ。

碼碯(めのう)というのは火山岩の空洞内に石英の結晶が発達してできたものである。その形状はまさしく石の胎内にできた宝石である。さらに漢訳には號珀の訳語もある。號珀は針葉樹の樹脂の化石であって、ときどき内部に虫や植物の断片をとじこめた「虫入り」も存在する。

❖ 仏典由来の七宝焼の海外呼称

海外での七宝の表記

中国では七宝焼のことを「琺瑯(ほうろう)」、欧米では「enamel(エナメル)」と称する。琺瑯という名称の由来については、インドのサンスクリット語「フ―リンカン(七宝質)」から転じて生まれたともいわれている。英語では「七宝(shippo)」も「琺瑯」も同じく「enamel」である。

英語訳においては、七宝焼の呼称はそれぞれ、彫金などで作った窪みに紬薬を焼き付ける「象眼七宝(champrevé)」、デザインした絵柄に沿って金属線で作った区画に施粕する「有線七宝(cloisonné)」、陶磁器の絵付けのように粕薬で模様を描く「描画七宝(paint)」に大別される。

宝石が描き出す世界

A world depicted in gemstones